薈(カイ)からはじめよ

意識高い系勘違いシッタカ野郎がやりたい放題するブログ

オネスト!

普段から偉そうな勘違い野郎の蘆薈さんが、超真面目にものすごく上から目線な話をしようと思う。

 

最近ずっと悩んでたというか、自覚が芽生えてきてたことがあって、遂に逆らえなくなった。

あえて言葉にしたい。

誤解を恐れずに言う。

「“声優とかいうちゃっちい夢”を持つのはやめよう」と。

 

もちろん、俺は最前線で戦う声優になりたい。

声で仕事はしたい。

それは変わらない。

手は抜かないし、エネルギーとモチベはむしろ増している。

でも、それだけじゃない。

それに、熱湯と名打たれたぬるま湯にいるのも楽しくない。

声優に限らず、もうクソみたいな意識の自称本気で目指してる勢に囲まれるのはキツい。

俺ですらまだ温いと自覚してるのに、俺がキツイんだからホントきついよ。

自称勢。

 

趣味なら趣味でいいよ。

それはそれで素敵だし。

趣味ですって言ってたのしんでる人達は俺大好き。

楽しいし。

 

でも、それは本気じゃねーから。

 

で、俺はもう仕事として捉えることすら嫌だって思ってる。

競技だよ。

ある意味では趣味だよ。

だって俺がなりたい“役者”っていうのはさ…

いや、今はいいよ、この話は。

 

…気を取り直して。

声優になること、声優を名乗って生きていくことを夢見ている人がたくさんいるのを知ってるし、俺なんかより(実力的な)レベルが高くて意識もくっそ高い人たちがいるのも知ってる。

誤解されたくないからいうけど、彼らを本気で尊敬してるし、羨ましいし、ムカつきながらも目標にして、モチベーションにさせてもらってる。

そして、先生方含め声優を夢見てそれを叶えた人たちを尊敬してる。

もう言葉もなければ頭だって上がらない。

 

それでもあえて、あえて言葉を使うならコレ以外の表現が、俺の語彙力からは出てこなかった。

 

声優はもはや、「目標」のひとつ。

夢に向かうためのたくさんの標識の1つなんだよ。

 そのくらいの境地はやっぱ必要なんだよ。

みんな。

歌手もそう。

絵描きもそう。

料理人だって農家だって。

みんなみんなそうだと俺は思ってる。

 

俺には今、大きく2つの夢がある。

この2つは根本は違うけど、交わるところもある。

 

1つは今いる俺のメンターたちのうちの何人かと共有の願い。

決して受け売りってわけではなくてもともとあった思想。

コレはここで語るようなことではなく。

人々の自由を願うもの。

 

そしてもう一つ。

コレはとても個人的でエゴの塊のような夢。

でも、今では“蘆薈さんの命題(人生のテーマ)はコレだ”と思ってる夢。

 

昔から。

本当に昔からずっと気になってたことが色々あった。

嫌われ、ハジかれ、虐められ、僅かに受け入れられ、何でこんなに“みんな”と違うのかと。

思う事、見るもの、感じること、従う事、守りたいもの、使命感…

住む世界が違うのかというくらいに噛み合わなくて。

どれも、俺よりもっと大きなソレを体験している人がいるというのに、俺のレベルですら異質という。

 

それらが一つになった先にチラついてた夢。

きっと俺の本当の夢。

 

俺の思い描く、“俺の中の「ストライダーズ」(プロフェッショナル集団)”を作りたい…

 

 

つまりは“蘆薈組”だ。

 

 

ここで言う“プロフェッショナル”っていうのはオタク

ただの萌え豚のことじゃないぞ?(もちろん、俺はそのクチだが←)

 

オタクで良いんだよ!

オタクが良いんだよ!

バカでもいい。

ものによっちゃクズでもいい。

むしろ、異常な常識人からみたらクズなくらいのハグレモノじゃなきゃならんかも知れん。

上巧くなくてもいい。

ある意味では才能も要らん。

実力も要らない。

そんなもん、俺の思うプロの素養(資格)があればいくらでもあとからついてくると思ってるから。

努力も無い。

俺は努力が嫌いだ。

努力なんかさせない。

大好きな人達と遊びたいんだよ!

そういうヤツを応援したいんだよ!

 

 

そんな夢。

 

ずっと思ってた。

最近は特に、チラついてた。

どんどん強くなって、受け入れたらめっちゃワクワクしてきてさ、いても立ってもいられなくなってしまったんですわ。

だから整理もつかないままこんなイタい文とか書いてさ。

 でもね、我ながら自分らしいなって思ってるワケですよ。

 

オタク(あなた)は蘆薈組、興味を持ってくれますか?